tweet of iso authority腐った政治はボランティア団体へ!現状の腐った政治に、国民は大いに怒っているのが現実ではないだろうか。 毎日のさまざまな政治や行政の疑問点についての説明に、納得した国民は皆無ではないかと思われる。例えば経済担当の山際大臣の統一教会に関する答弁は、まさに口から出まかせの嘘八百だと国民は見抜いているはずだ。この明らかに国民への不誠実な対応に対して、任命責任を問われるはずの岸田首相は、今なお何の説明も果たしていない。良識ある国民はあきれてものがいえないのである。 さて弊機関の本部がある英国では、国会議員はもともとボランティアに近い活動をしており、年収も800万ぐらいだ。国民とかけ慣れた年収と、その他様々な特典がある我が国の議員の待遇とは大違いなのである。もともと国会議員は国民の代弁者であることを思えば、国民の生活とかけ離れた特典などまったく不要なはずである。 例えば国会議員になれたとしても、平凡な国民の年収並みかそれ以下であれば、自身も含め国民の待遇をよくしようと思う気持ちがわいてくるものだ。私案として、「すべての国会議員はボランティア希望の国民から選抜」したらどうだろうか。 純粋のボランティアを希望する人なら、きっと国民の生活を豊かにする気持ちは強いはずであり、現状のさまざまな特典など見向きもしない人が大半だと思う。長引くコロナ禍で明日の生活もままならない国民が多数いるにもかかわらず、既得権益を死守し私利私欲に走る国会議員など全く不要なのである。 2022年10月12日 https://libesio.jp/wp-content/uploads/2023/07/libesio-logo-favicon.png 62 62 sima0828@gmail.com https://libesio.jp/wp-content/uploads/2025/12/libesio-logo.png sima0828@gmail.com2022-10-12 20:19:222024-02-25 20:11:51腐った政治はボランティア団体へ!
tweet of iso authority監視カメラの威力何時の頃からか、監視カメラ(防犯カメラ)が注目され、今やあらゆるところに設置されている。普段何気なく歩いている街中でも、ふと周囲を見回してみると思いがけないところに設置されているのに気づく。初期のものは図体が大きくかなり目立ったものだが、最近のものは小型化されしかも精度も向上し、後で確認する場合もはっきりと証拠が確認できるということで、いろいろなところで重宝がられている。 さてこの監視カメラの一番の貢献は、事件の犯人をしっかりと特定できるということではないだろうか。以前は何かの事件が起こった場合、当時の状況を推察するために多数の警察官を動員して「聞き込み」からスタートするのが普通だったが、今や監視カメラの映像を再生するだけで、当時の状況が概ね把握できてしまう。街中に設置されている監視カメラだけではない。今や車にもあおり運転防止用の「ドライブレコーダー」なるものが設置されており、これには車の前後や周囲の状況が常時撮影されているので、りっぱな監視カメラである。 一方監視カメラというと、どうしても個人情報との兼ね合いが生じるが、何らかの事件や出来事を解決するためには、それらの解決の方が優先されるのは仕方がないことだと思う。 このように、今やものごとの客観的な証拠として「動画」や「写真」が活用されているが、勝手な撮影や利用は犯罪と隣合わせだ。テレビの撮影でも、事前に相手に許可を得るシーンがあるが、一般人も後々のトラブルを防ぐ意味でも見習うべきだろう。 2022年10月10日 https://libesio.jp/wp-content/uploads/2023/07/libesio-logo-favicon.png 62 62 sima0828@gmail.com https://libesio.jp/wp-content/uploads/2025/12/libesio-logo.png sima0828@gmail.com2022-10-10 01:23:042024-02-25 20:11:51監視カメラの威力
tweet of iso authority週刊文春の実力さまざまな世の中の出来事が、週刊誌「週刊文春」で次々と明らかにされてきたのは紛れもない事実だ。国や大手企業の不祥事、芸能人の不可解な行動や不倫など、一般の人はこの週刊誌の記事により、初めて事実を知ったという人が大半ではないのか。もともとこの週刊誌は、日本を代表する雑誌でかつ格調の高い「文芸春秋」の分身的な位置づけである。 実は私も今から25年ほど前の日本にISOが導入されたころ、文芸春秋社からインタビューを受け、その記事が掲載された経験があり、私の経歴の大きなブランドとなっている。 これらの記事はジャーナリストと呼ばれているフリーで活動している人の執筆が多く、かれらは世の中のさまざまなできごとを独自に取材した証拠をもとにその真実を明らかにする使命を負っている。彼らの記事は、何らかの証拠に基づいてのそれが大半であり、それだけに説得力をもっている。今話題の「統一教会」の記事にしても、我々がまったく知らない情報が次々と明らかにされる現実に対して、その取材力・表現力のレベルの高さに尊敬の念を抱くほどだ。一方中には取材が不十分で、いまいち証拠に疑問符がついたり、またその表現が極論だったりして訴訟沙汰になることも少なくないが、国民が知らない世界がこの記事で明らかにされること自体、大いに評価されてもよいのではないか。 さて、ものごとの真実を明らかにする点では、朝日、毎日、読売、産経、日経新聞などもその使命を負っているが、何の制約もなくずばり単刀直入に真実を記事にする週刊文春には、とても及ばないだろう。 2022年10月8日 https://libesio.jp/wp-content/uploads/2023/07/libesio-logo-favicon.png 62 62 sima0828@gmail.com https://libesio.jp/wp-content/uploads/2025/12/libesio-logo.png sima0828@gmail.com2022-10-08 01:28:232024-02-25 20:11:51週刊文春の実力
腐った政治はボランティア団体へ!
現状の腐った政治に、国民は大いに怒っているのが現実ではないだろうか。
毎日のさまざまな政治や行政の疑問点についての説明に、納得した国民は皆無ではないかと思われる。例えば経済担当の山際大臣の統一教会に関する答弁は、まさに口から出まかせの嘘八百だと国民は見抜いているはずだ。この明らかに国民への不誠実な対応に対して、任命責任を問われるはずの岸田首相は、今なお何の説明も果たしていない。良識ある国民はあきれてものがいえないのである。
さて弊機関の本部がある英国では、国会議員はもともとボランティアに近い活動をしており、年収も800万ぐらいだ。国民とかけ慣れた年収と、その他様々な特典がある我が国の議員の待遇とは大違いなのである。もともと国会議員は国民の代弁者であることを思えば、国民の生活とかけ離れた特典などまったく不要なはずである。
例えば国会議員になれたとしても、平凡な国民の年収並みかそれ以下であれば、自身も含め国民の待遇をよくしようと思う気持ちがわいてくるものだ。私案として、「すべての国会議員はボランティア希望の国民から選抜」したらどうだろうか。
純粋のボランティアを希望する人なら、きっと国民の生活を豊かにする気持ちは強いはずであり、現状のさまざまな特典など見向きもしない人が大半だと思う。長引くコロナ禍で明日の生活もままならない国民が多数いるにもかかわらず、既得権益を死守し私利私欲に走る国会議員など全く不要なのである。
監視カメラの威力
何時の頃からか、監視カメラ(防犯カメラ)が注目され、今やあらゆるところに設置されている。普段何気なく歩いている街中でも、ふと周囲を見回してみると思いがけないところに設置されているのに気づく。初期のものは図体が大きくかなり目立ったものだが、最近のものは小型化されしかも精度も向上し、後で確認する場合もはっきりと証拠が確認できるということで、いろいろなところで重宝がられている。
さてこの監視カメラの一番の貢献は、事件の犯人をしっかりと特定できるということではないだろうか。以前は何かの事件が起こった場合、当時の状況を推察するために多数の警察官を動員して「聞き込み」からスタートするのが普通だったが、今や監視カメラの映像を再生するだけで、当時の状況が概ね把握できてしまう。街中に設置されている監視カメラだけではない。今や車にもあおり運転防止用の「ドライブレコーダー」なるものが設置されており、これには車の前後や周囲の状況が常時撮影されているので、りっぱな監視カメラである。
一方監視カメラというと、どうしても個人情報との兼ね合いが生じるが、何らかの事件や出来事を解決するためには、それらの解決の方が優先されるのは仕方がないことだと思う。
このように、今やものごとの客観的な証拠として「動画」や「写真」が活用されているが、勝手な撮影や利用は犯罪と隣合わせだ。テレビの撮影でも、事前に相手に許可を得るシーンがあるが、一般人も後々のトラブルを防ぐ意味でも見習うべきだろう。
週刊文春の実力
さまざまな世の中の出来事が、週刊誌「週刊文春」で次々と明らかにされてきたのは紛れもない事実だ。国や大手企業の不祥事、芸能人の不可解な行動や不倫など、一般の人はこの週刊誌の記事により、初めて事実を知ったという人が大半ではないのか。もともとこの週刊誌は、日本を代表する雑誌でかつ格調の高い「文芸春秋」の分身的な位置づけである。
実は私も今から25年ほど前の日本にISOが導入されたころ、文芸春秋社からインタビューを受け、その記事が掲載された経験があり、私の経歴の大きなブランドとなっている。
これらの記事はジャーナリストと呼ばれているフリーで活動している人の執筆が多く、かれらは世の中のさまざまなできごとを独自に取材した証拠をもとにその真実を明らかにする使命を負っている。彼らの記事は、何らかの証拠に基づいてのそれが大半であり、それだけに説得力をもっている。今話題の「統一教会」の記事にしても、我々がまったく知らない情報が次々と明らかにされる現実に対して、その取材力・表現力のレベルの高さに尊敬の念を抱くほどだ。一方中には取材が不十分で、いまいち証拠に疑問符がついたり、またその表現が極論だったりして訴訟沙汰になることも少なくないが、国民が知らない世界がこの記事で明らかにされること自体、大いに評価されてもよいのではないか。
さて、ものごとの真実を明らかにする点では、朝日、毎日、読売、産経、日経新聞などもその使命を負っているが、何の制約もなくずばり単刀直入に真実を記事にする週刊文春には、とても及ばないだろう。