tweet of iso authorityプーチンの大罪連日ロシア軍の砲火を逃れるためにウクライナ国民が逃げ惑う姿が放映され、全世界の人々が支援の輪を広げている。現代の世の中にあって、まるで第三次世界大戦を思わせるようなできごとが起ころうとはだれが想像しただろうか? それにしてもプーチンは、欲しいものを自分の思いのままに手に入れようとする強欲者だというがわかり、全世界の人々を敵に回してしまった。このような人物が国のトップに何十年も居座り続けることができるロシア国そのものはいったいどういう国なのか? ソ連崩壊前は共産国で、崩壊後の今も北朝鮮とまったく同じ構図だ。一部の権力者が私利私欲に走り、ほとんどの国民が日常行動を監視され、目だった動きがあれば監獄行き。今も戦争反対の正常な国民が、数千人も捕らえられているという。 実はキエフというウクライナの首都は、チェルノブイリ原発事故で注目されたが、もともとはソ連が誕生する大元の都市だったとのこと。古くからの歴史的な建造物がロシア軍の砲火で崩壊寸前のありさまだ。「核弾頭」をちらつかせウクライナに全面降伏を迫るプーチンに対し、ゼレンスキー大統領の国民を守るひたむきな対応は、真のリーダーシップそのものではないか。チェルノブイリや福島の爆発で、全世界の人々が放射能の恐ろしさを知ったはずであり、今後核戦争が起これば、間違いなく世界は破滅するに違いない。 2022年3月11日 https://libesio.jp/wp-content/uploads/2023/07/libesio-logo-favicon.png 62 62 sima0828@gmail.com https://libesio.jp/wp-content/uploads/2025/12/libesio-logo.png sima0828@gmail.com2022-03-11 14:51:492024-02-25 20:11:51プーチンの大罪
tweet of iso authority挫折は成功の一里塚!先日知り合いの若者から問い合わせがあった。彼はどちらかというと他人を押しのけてもというタイプではない。彼の審査事とは、急な人事で今までの研究開発部門から、まったく経験のないサービス部門への移動の発令で悩んでいるとのこと。 私は即座に、彼に「この人事は栄転だと思うので、しっかりと与えられた任務をこなすこと」とアドバイスした。 さて組織の生み出すものとは、さまざまな分野の共同作業の集大成の結果ではないだろうか。一つの製品を顧客に提供し、その満足を得るためには、当初の設計部門はもちろん、工場で図面に見合った製品を製造し、また顧客が製品を活用する現場をサポートするサービス部門があり、各々がしっかり連携してこそ顧客満足が得られるのではないだろうか。 であれば、今回のサービス部門への人事移動は、願ってもないチャンスであり、敬遠するどころか自ら進んで希望する分野ではないかと思う。人間はさまざまな経験を積みながら成長するもので、また人生は思い通りにはいかないことも多々あるものだ。しかしそれを乗り越えるだけの勇気こそ、将来の成功の一大要素なのである。 優れた経営者は、様々な挫折を味わって上り詰めた人が少なくない。そして彼らに共通しているのは、挫折とは思わず、それをチャンスだと捉えるポジティブな考えだ。 また多くの分野を経験した人ほど視野が広く何事にも説得力があるのは、歴史が証明しているではないか。 2022年1月30日 https://libesio.jp/wp-content/uploads/2023/07/libesio-logo-favicon.png 62 62 sima0828@gmail.com https://libesio.jp/wp-content/uploads/2025/12/libesio-logo.png sima0828@gmail.com2022-01-30 09:36:282025-07-06 16:14:55挫折は成功の一里塚!
tweet of iso authority2世議員廃止!安倍元首相、福田元首相など、親から引き継いだ2世議員は数えられないほどいる。一方首相までは行かなくとも各種大臣の子弟が国会議員の要職についている例も少なくない。 さて国会議員になるためには、まずは国政選挙で勝たなければならないが、親が国会議員であれば、その子弟は親の知名度などで選挙は極めて有利になり、当選する確率は高くなる。 いったい、このような選挙が果たして公平といえるのだろうか? 国会議員が国民の代表だとすれば、このような偏った選挙ではなく、多くの国民を代表した議員を国会に送り込むことこそ、本来の国政選挙ではないのか? だとすれば、国会議員は「親の七光り」をあてにした子弟を排除し、多くの国民に広く議員になれる機会を与えるべきだと思う。一案として2世議員は立候補できないようにし、多くの国民が政治に参加できるような仕組みに変えるべきだと思う。一般的に、2世議員は育ちがよく、庶民の感覚がほとんどわからない議員が少なくないことも排除の理由だ。 つまり、日常生活を通して普段何かと不便を感じている人こそ、議員として活動してもらうのが、世の中をよくする一番の近道なのだ。とういうことで、限られた一部の議員に任せるのではなく、広く国民に議員になれる機会を与え、かつ国民の代弁者として活躍できる議員がいてこそ、「国民のための政治」が実現できるのである。 2022年1月21日 https://libesio.jp/wp-content/uploads/2023/07/libesio-logo-favicon.png 62 62 sima0828@gmail.com https://libesio.jp/wp-content/uploads/2025/12/libesio-logo.png sima0828@gmail.com2022-01-21 11:08:042024-02-25 20:11:512世議員廃止!
プーチンの大罪
連日ロシア軍の砲火を逃れるためにウクライナ国民が逃げ惑う姿が放映され、全世界の人々が支援の輪を広げている。現代の世の中にあって、まるで第三次世界大戦を思わせるようなできごとが起ころうとはだれが想像しただろうか?
それにしてもプーチンは、欲しいものを自分の思いのままに手に入れようとする強欲者だというがわかり、全世界の人々を敵に回してしまった。このような人物が国のトップに何十年も居座り続けることができるロシア国そのものはいったいどういう国なのか?
ソ連崩壊前は共産国で、崩壊後の今も北朝鮮とまったく同じ構図だ。一部の権力者が私利私欲に走り、ほとんどの国民が日常行動を監視され、目だった動きがあれば監獄行き。今も戦争反対の正常な国民が、数千人も捕らえられているという。
実はキエフというウクライナの首都は、チェルノブイリ原発事故で注目されたが、もともとはソ連が誕生する大元の都市だったとのこと。古くからの歴史的な建造物がロシア軍の砲火で崩壊寸前のありさまだ。「核弾頭」をちらつかせウクライナに全面降伏を迫るプーチンに対し、ゼレンスキー大統領の国民を守るひたむきな対応は、真のリーダーシップそのものではないか。チェルノブイリや福島の爆発で、全世界の人々が放射能の恐ろしさを知ったはずであり、今後核戦争が起これば、間違いなく世界は破滅するに違いない。
挫折は成功の一里塚!
先日知り合いの若者から問い合わせがあった。彼はどちらかというと他人を押しのけてもというタイプではない。彼の審査事とは、急な人事で今までの研究開発部門から、まったく経験のないサービス部門への移動の発令で悩んでいるとのこと。
私は即座に、彼に「この人事は栄転だと思うので、しっかりと与えられた任務をこなすこと」とアドバイスした。
さて組織の生み出すものとは、さまざまな分野の共同作業の集大成の結果ではないだろうか。一つの製品を顧客に提供し、その満足を得るためには、当初の設計部門はもちろん、工場で図面に見合った製品を製造し、また顧客が製品を活用する現場をサポートするサービス部門があり、各々がしっかり連携してこそ顧客満足が得られるのではないだろうか。
であれば、今回のサービス部門への人事移動は、願ってもないチャンスであり、敬遠するどころか自ら進んで希望する分野ではないかと思う。人間はさまざまな経験を積みながら成長するもので、また人生は思い通りにはいかないことも多々あるものだ。しかしそれを乗り越えるだけの勇気こそ、将来の成功の一大要素なのである。
優れた経営者は、様々な挫折を味わって上り詰めた人が少なくない。そして彼らに共通しているのは、挫折とは思わず、それをチャンスだと捉えるポジティブな考えだ。
また多くの分野を経験した人ほど視野が広く何事にも説得力があるのは、歴史が証明しているではないか。
2世議員廃止!
安倍元首相、福田元首相など、親から引き継いだ2世議員は数えられないほどいる。一方首相までは行かなくとも各種大臣の子弟が国会議員の要職についている例も少なくない。
さて国会議員になるためには、まずは国政選挙で勝たなければならないが、親が国会議員であれば、その子弟は親の知名度などで選挙は極めて有利になり、当選する確率は高くなる。
いったい、このような選挙が果たして公平といえるのだろうか?
国会議員が国民の代表だとすれば、このような偏った選挙ではなく、多くの国民を代表した議員を国会に送り込むことこそ、本来の国政選挙ではないのか?
だとすれば、国会議員は「親の七光り」をあてにした子弟を排除し、多くの国民に広く議員になれる機会を与えるべきだと思う。一案として2世議員は立候補できないようにし、多くの国民が政治に参加できるような仕組みに変えるべきだと思う。一般的に、2世議員は育ちがよく、庶民の感覚がほとんどわからない議員が少なくないことも排除の理由だ。
つまり、日常生活を通して普段何かと不便を感じている人こそ、議員として活動してもらうのが、世の中をよくする一番の近道なのだ。とういうことで、限られた一部の議員に任せるのではなく、広く国民に議員になれる機会を与え、かつ国民の代弁者として活躍できる議員がいてこそ、「国民のための政治」が実現できるのである。