tweet of iso authorityシルバーシート数年前に中欧を旅した時のこと。オーストリアの首都ウイーンにも立派な路面電車が走っている。市民の足として使われていることから、乗客も少なくない。一度は乗ってみたいと思い、車窓から異国情緒たっぷりの風景を楽しんでいたところ、途中から一人の老人が乗り込んできた。この電車にも「シルバーシート」が設けられ、日本と同じように色分けされ一目でわかるようになっていた。シルバーシートに一人の若者が座っているのを見たこの老人は、「ここは老人席で若者の席ではない」と公然と注意すると、若者は即座に席を立ち譲った。この光景を真のあたりに見た私は、当たり前のことが当たり前に行われるこの国の道徳心の高さに感動したものだ。 一方日本では老人が遠慮し、もし注意でもしたら何をされるかわからない恐怖心もあって、シルバーシートが若者に占有されているのを目にする。また、小学校低学年の子供を大手を振って座らせる両親もいるが、これも問題だ。 実はシルバシートに座れるのは、「老人」「身体不自由者」「妊婦」など限られた人だと注意書きで示されいて、健康な若者にはもともと座れる権利などないのである。 若者もやがては老人になり、その時はじめて老人の気持ちがわかるようになるかもしれないが、それでは遅いのである。 2022年7月4日 https://libesio.jp/wp-content/uploads/2023/07/libesio-logo-favicon.png 62 62 sima0828@gmail.com https://libesio.jp/wp-content/uploads/2025/12/libesio-logo.png sima0828@gmail.com2022-07-04 21:52:402024-02-25 20:11:51シルバーシート
tweet of iso authority自身を客観視する若いうちは自身の行動や発言について、よほどのことがない限りそれほど気にはしないものだが、やがて年を重ねそれなりの大人になった場合、「もう一人の自分」の存在を考えると、何ごとにたいしても冷静に対処できるようになるかもしれない。 例えば何かの決断に悩んだ場合、もう一人の自分に問い合わせ双方納得がなされたうえでそれなりの決断をするというわけだ。実はもう一人の自分がいるわけではない。何らかの決断に悩んでいるときの「もう一人の自分」の存在は、安易に即決し後で後悔しないためのひとつのツールだと考えればよい。 一方何かの行動をする場合、もう一人の自分から見たらどう思うかと問い合わせ、その行動にブレーキがかかったり、逆にもっと積極的にと背中を押される場合もあるだろう。 また即断しなければならないときは、もう一人の自分に問い合わせる余裕などない場合もある。このようなときは後から問い合わせてどうだったかを振り返るのもいいいかもしれない。 ここでいう「もう一人の自分」は、あらゆる場面に必要だということではない。何かに悩んだり、大きな決断が必要となった時、さらに何らかの岐路に立たされ、どちらに進むべきか悩んだ時など。慎重に判断し行動しなければならない場合だ。 2022年7月4日 https://libesio.jp/wp-content/uploads/2023/07/libesio-logo-favicon.png 62 62 sima0828@gmail.com https://libesio.jp/wp-content/uploads/2025/12/libesio-logo.png sima0828@gmail.com2022-07-04 21:51:522024-02-25 20:11:51自身を客観視する
tweet of iso authority行政の事務処理!先日最寄りの市役所に健康保険の手続きで出向いた。まず驚いたのは、この手続きを担当する一つの部署に20人ほどの職員が配置されていたことだ。全員がパソコンに向かい何かの仕事をしているように思えたが、さまざまな民間の会社と比べてみてもとても人数が多いとの印象を受けた。実はこの担当部門だけではなかった。ざっと全体を見渡しても、かなりの職員がいる。各職員が日常いったいどのような仕事をしているのか、知りたくもなった。 さて保険の手続きのことだが、同じような異なる複数枚の様式に、住所、氏名、電話番号、その他個人番号(ナイナンバーカード)などの記載を求められ、あらゆる業界で事務処理の簡素化が進められているにも関わらず、行政の事務手続きは旧態依然のままではないか。 当日は本人確認の証として「免許証」を持参してほしいとのことで手元にあったが、これらも何十年も同じ市に住んでいるので、すでに住所、氏名、電話番号などの個人情報はすべて把握しているはずではないだろうか。 先日中央官庁の若手職員が、あまりにも硬直化した仕事の進め方や人事に疑問を抱き、事務方のトップに意見書を提出したニュースがテレビで報じられていたが、私が思うには今回が初めてではない。行政に入りたての若手職員は、現状の旧態依然とした仕事の進め方に疑問を抱きアイデアを出すものの、きっとまたうやむやにされてしまうに違いない。 というのは、何かの改革案が出されると、今までの何かの既得権益が侵されるとの危惧から、強硬に反対する人がいるからである。 市役所は何かにつけ市民サービスを謳うが、実態は何ら変わっていないのである。 2022年5月24日 https://libesio.jp/wp-content/uploads/2023/07/libesio-logo-favicon.png 62 62 sima0828@gmail.com https://libesio.jp/wp-content/uploads/2025/12/libesio-logo.png sima0828@gmail.com2022-05-24 17:27:122024-02-25 20:11:51行政の事務処理!
シルバーシート
数年前に中欧を旅した時のこと。オーストリアの首都ウイーンにも立派な路面電車が走っている。市民の足として使われていることから、乗客も少なくない。一度は乗ってみたいと思い、車窓から異国情緒たっぷりの風景を楽しんでいたところ、途中から一人の老人が乗り込んできた。この電車にも「シルバーシート」が設けられ、日本と同じように色分けされ一目でわかるようになっていた。シルバーシートに一人の若者が座っているのを見たこの老人は、「ここは老人席で若者の席ではない」と公然と注意すると、若者は即座に席を立ち譲った。この光景を真のあたりに見た私は、当たり前のことが当たり前に行われるこの国の道徳心の高さに感動したものだ。
一方日本では老人が遠慮し、もし注意でもしたら何をされるかわからない恐怖心もあって、シルバーシートが若者に占有されているのを目にする。また、小学校低学年の子供を大手を振って座らせる両親もいるが、これも問題だ。
実はシルバシートに座れるのは、「老人」「身体不自由者」「妊婦」など限られた人だと注意書きで示されいて、健康な若者にはもともと座れる権利などないのである。
若者もやがては老人になり、その時はじめて老人の気持ちがわかるようになるかもしれないが、それでは遅いのである。
自身を客観視する
若いうちは自身の行動や発言について、よほどのことがない限りそれほど気にはしないものだが、やがて年を重ねそれなりの大人になった場合、「もう一人の自分」の存在を考えると、何ごとにたいしても冷静に対処できるようになるかもしれない。
例えば何かの決断に悩んだ場合、もう一人の自分に問い合わせ双方納得がなされたうえでそれなりの決断をするというわけだ。実はもう一人の自分がいるわけではない。何らかの決断に悩んでいるときの「もう一人の自分」の存在は、安易に即決し後で後悔しないためのひとつのツールだと考えればよい。
一方何かの行動をする場合、もう一人の自分から見たらどう思うかと問い合わせ、その行動にブレーキがかかったり、逆にもっと積極的にと背中を押される場合もあるだろう。
また即断しなければならないときは、もう一人の自分に問い合わせる余裕などない場合もある。このようなときは後から問い合わせてどうだったかを振り返るのもいいいかもしれない。
ここでいう「もう一人の自分」は、あらゆる場面に必要だということではない。何かに悩んだり、大きな決断が必要となった時、さらに何らかの岐路に立たされ、どちらに進むべきか悩んだ時など。慎重に判断し行動しなければならない場合だ。
行政の事務処理!
先日最寄りの市役所に健康保険の手続きで出向いた。まず驚いたのは、この手続きを担当する一つの部署に20人ほどの職員が配置されていたことだ。全員がパソコンに向かい何かの仕事をしているように思えたが、さまざまな民間の会社と比べてみてもとても人数が多いとの印象を受けた。実はこの担当部門だけではなかった。ざっと全体を見渡しても、かなりの職員がいる。各職員が日常いったいどのような仕事をしているのか、知りたくもなった。
さて保険の手続きのことだが、同じような異なる複数枚の様式に、住所、氏名、電話番号、その他個人番号(ナイナンバーカード)などの記載を求められ、あらゆる業界で事務処理の簡素化が進められているにも関わらず、行政の事務手続きは旧態依然のままではないか。
当日は本人確認の証として「免許証」を持参してほしいとのことで手元にあったが、これらも何十年も同じ市に住んでいるので、すでに住所、氏名、電話番号などの個人情報はすべて把握しているはずではないだろうか。
先日中央官庁の若手職員が、あまりにも硬直化した仕事の進め方や人事に疑問を抱き、事務方のトップに意見書を提出したニュースがテレビで報じられていたが、私が思うには今回が初めてではない。行政に入りたての若手職員は、現状の旧態依然とした仕事の進め方に疑問を抱きアイデアを出すものの、きっとまたうやむやにされてしまうに違いない。
というのは、何かの改革案が出されると、今までの何かの既得権益が侵されるとの危惧から、強硬に反対する人がいるからである。
市役所は何かにつけ市民サービスを謳うが、実態は何ら変わっていないのである。